ヤモリが近縁のトカゲともっとも大きく違うのは、平たい地面ではなく、常に板塀や木などの垂直な壁、もしくは天井に張り付いていること。5階や10階程度の高さの建物も平気で登れるほどで、まさにリアルスパイダーマン、ボルダリングの王者といったところ。つるつるしたガラスにすら平気ではりついているので、長い間大きく広がってふくらんだ指先に細かな吸盤組織があると思われていましたが、彼らの指には吸盤はないことが近年の研究でわかってきました。ヤモリの接着の仕組みは2000年、科学誌Natureで発表されました。(Adhesive force of a single gechko foot hair. Nature 8 681-684, 2000)。電子顕微鏡でヤモリの指先を観察したところ、足の裏には吸盤ではなく細かな毛が50万本も密生しており、さらにその先端が100~1000本程度に分岐し、さらにそれらの先端のそれぞれは直径200ナノメートル程のスパチュラ(へら型)になっている、という超細密構造が判明。この細かなスパチュラ構造により、分子同士が吸着しあうときに発生する引力(ファンデルワールス力)と同じ作用を生じさせるのだそう。 ファンデルワールス力(Van der Waals force)とは、電荷を持たない中性の原子/分子間で働く凝集(吸引)力の総称で、気体が冷えて液体や固体になるのもこの凝縮力が作用するため。つまりヤモリは、カエルが吸盤で接着面の内側に真空を作り出したりカタツムリやナメクジなどが粘液分泌で吸着する方法とはまったく異なる、分子レベルのハイテク能力で壁やガラスに吸着しているのです。 このヤモリハンドの吸着力は生物応用化学に適用され、ヤモリテープなるものも開発、実用化されてきています。直径数ナノ~数十ナノメートルのカーボン・ナノチューブを1c㎡あたり100億本の密度でびっしり並べたもの。わずか1c㎡程度の面積のテープで500グラムを保持できるのだとか。これでもヤモリの接着力の8割強程度。そしてめくれば簡単に剥離でき、従来の粘着テープのように粘着剤が残ることはなく、テープ自体を繰り返し利用できるという優れもの。(日本経済新聞・「ヤモリの足」から生まれた最先端のテープ ) この技術は再生医療にも役立つ可能性があると考えられています。
テレスコープアイ!ヤモリの目は奇跡を映す
暗いところでも色がはっきり見えるなんて
これだけで驚くのは早い。夜行性のヤモリの眼は闇の中で色つき画像を見ることが出来るのです。これがどうすごいかといいますと、目を持つ生物は錐体細胞と桿体細胞という二種類の細胞で視覚を得ていますが、桿体細胞は物体の輪郭・形状を識別する細胞。色彩は認識しませんが、暗がりでもよく働きます。夜目の効くフクロウや猫などは、桿体細胞が発達しています。一方錐体細胞は色彩を感知する細胞。しかし、色彩には色により波長の差があるので感度は低くならざるを得ません。というのは、色彩により波長が違うということは、網膜でピントが合う位置が色により違うということ。これを色収差といいます。普通は人間も、このわずかな色収差を脳内で修正してピントをあわせているのですが、もし色彩感知の感度が高すぎると補正する能力が追いつかず、輪郭がゆがんだりにじんだりぼやけたりして像をむすばなくなるためです。それを調整するには天体望遠鏡のような重厚長大な補正システムが必要。当然そんな巨大な調整構造を頭蓋骨内に収められるわけもなく、普通動物の視力は夜間は色彩感知ができなくなっています。 ところが夜行性のヤモリは、錐体細胞の感度が高く、その感度は人間の350倍。夜間の闇でも色彩を感知できるのです。ヤモリの目を研究したロス博士(Lina S V Roth)・ランドストローム博士(Linda Lundström)らによると、ヤモリの瞳は複数の焦点距離を持っていることが明らかになりました。その水晶体は非球面になっていて、位置により色彩の焦点距離を変えて補正をしているのだそうです( The pupils and optical systems of gecko eyes )。 ちなみに、この大きな目にはまぶたがないことを書きましたが、乾燥を防ぐためにヤモリはたびたび舌で瞳をぺろりとなめて潤わせます。これ、ヤモリの萌えポイントのひとつです。 近年ヤモリのゲノム(遺伝子)解析が進み、これらの能力が遺伝子により明らかになってきました。βケラチンの遺伝子数はワニが2、カメレオンが23に対して、ヤモリは71。この多数のケラチン遺伝子により、先述した吸着力のある毛を生み出しているようです。 また、光の感知力を高めるたんぱく質を生成する遺伝子型を持つことも判明。こちらは特殊な目の生成関連ですね。夜の生活に適応するために嗅覚も優れ、匂いの感知に関わる受容体を生産するための遺伝子は251個。これもカメレオンの約3倍にあたります。