ところで「魚上氷」という表現、違和感がなくもありません。ともすると氷の上に魚が這い出てくるホラーっぽい映像もうかんできます。この歳時記は、周、もしくは秦代中国の時代に成立したといわれる呂氏春秋(りょししゅんじゅう)をもとにして前漢の時代に成立した「禮記(らいき)月令(がつりょう)」書中・孟春之月の 「東風解凍 蟄蟲始振 魚上冰 獺祭魚 鴻鴈來」(東風凍を解き 蟄虫始めてうごき 魚冰(うをこほり)に上り 獺(だつ)魚を祭り 鴻雁(こうがん)来たる)の記述に由来します。「魚上氷」以外にも七十二侯ではおなじみの歳時記が並んでいますね。七十二侯も、もとはこうした古典に由来します。
「魚上氷」は、「魚が氷の上に這い出てくる」という意味合いではなく、薄氷を飲み込む暖かい水とともに魚が浮き上がってくるダイナミックな季節の交替のさまをあらわしたものでしょう。
実際暖かい海では、氷ではありませんが寒さに弱い暖帯の魚が思いがけない海水温の低下に驚いて、海岸に飛び出て打ち上げられ、仮死状態になる現象が見られます。沖縄では、コノシロの一種のリュウキュウドロクイやボラの一種のタージックヮー、スズメダイやウツボなどの浅瀬のさんご礁に暮らす魚たちが、時に訪れる寒波で仮死状態になって大量に波打ち際に打ち上げられる現象が起き、そんな時には気絶から目覚める前に近隣の住民たちは魚を拾いにかけつけるのだとか。魚にとっては笑い事ではありませんが、南国の生き物らしいとぼけた生態がほほえましいですね。
日中はめっきり日差しも暖かくなりましたが、夜間はまだまだ水面は凍りつき、霜が立つ氷点下になる気温が続きます。気を緩めずに春を迎えましょう。
寒波、最低気温更新 浅瀬で魚が凍死"2005年3月7日"環境省・二次的自然を主な生息環境とする淡水魚保全のための提言禮記 月令